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GIANTS検定 ナウ 3級 合格

GIANTS検定 ナウ 3級 合格

私は西武ライオンズのファンだが、野球の検定ということで受験する。
この日は私の誕生日だった。
なので、絶対に不合格にはなりたくなかったので、念入りに準備した。
とはいえ、たかだか3級。
大した問題は出ない。
ネット検定のため、参考書籍を傍らに置くが見る必要もなく合格した。
最近調べたら、HPが無くなっているではないか…
この検定いつの間にか、消滅したのかな?
残念…

概要
GIANTS検定には3つのカテゴリーがあり、アトランダムで50問出題される。2007年度は全員が3級を受験する。また、2008年度からは2級も設定される(3級合格者のみ受験できる)。
Gクラシック (1936年-1974年)
Gモダン (1975年-1992年)
Gナウ (1993年-)

合格認定委員会
メンバーは以下の通り。
長嶋茂雄(ジャイアンツ終身名誉監督)
船村徹(作曲家、日本音楽著作権協会会長)
徳光和夫(フリーアナウンサー)
福留強(聖徳大学教授)

ここ数年の成績(年度、監督、順位、勝利、敗北、引き分け、勝率の順)
2001 長嶋 茂雄 2 140 75 63 2 .
2002 原 辰徳 1 140 86 52 2 .623
2003 原 辰徳 3 140 71 66 3 .518
2004 堀内 恒夫 3 138 71 64 3 .526
2005 堀内 恒夫 5 146 62 80 4 .437
2006 原 辰徳 4 146 65 79 2 .451
2007 原 辰徳 1 144 80 63 1 .559
2008 原 辰徳 1 144 84 57 3 .596
2009 原 辰徳 1 144 89 46 9 .659
2010 原 辰徳 3 144 79 64 1 .552
2011 原 辰徳 3 144 71 62 11 .534
2012 原 辰徳 1 144 86 43 15 .667
[通算成績] 5471勝3838敗303分 .588
優勝(レギュラーシーズン最高勝率) 43回(日本プロ野球記録)
(1936年秋 - 1937年春、1938年秋 - 1943年、1949年、1951年 - 1953年、1955年 - 1959年、1961年、1963年、1965年 - 1973年、1976年 - 1977年、1981年、1983年、1987年、1989年 - 1990年、1994年、1996年、2000年、2002年、2007年 - 2009年、2012年) 日本一 22回(日本プロ野球記録)
(1951年 - 1953年、1955年、1961年、1963年、1965年 - 1973年、1981年、1989年、1994年、2000年、2002年、2009年、2012年) セ・パ交流戦優勝 1回
(2012年) クライマックスシリーズ優勝 3回
(2008年、2009年、2012年) アジアシリーズ優勝 1回
(2012年) 日韓クラブチャンピオンシップ[42]優勝 1回
(2009年) 連続優勝最長記録・連続レギュラーシーズン最高勝率最長記録 9年(日本プロ野球記録)
(1965年 - 1973年) Aクラス 70回
(1936年秋 - 1946年、1948年 - 1961年、1963年 - 1974年、1976年 - 1978年、1980年 - 1990年、1992年 - 1996年、1998年 - 2004年、2007年 - 2012年) Bクラス 8回
(1947年、1962年、1975年、1979年、1991年、1997年、2005年 - 2006年) 連続Aクラス入り最長記録 14年(1948年 - 1961年)
連続Bクラス最長記録 2年(2005年 - 2006年)
シーズン最多勝利 92勝(1955年)
シーズン最多連勝 15連勝(1951年7月16日 - 8月3日)※1引き分けを挟む
シーズン最多敗戦 80敗(2005年)
シーズン最多連敗 11連敗(1975年9月4日 - 11日)
シーズン最多引分 16引き分け(1978年)
シーズン最高勝率 .769(1938年秋)(2リーグ制以降.731 1951年)
シーズン最低勝率 .382(1975年)
通算試合 9473試合(日本プロ野球記録・2リーグ制以降8247試合)
通算勝利 5385勝(日本プロ野球記録・2リーグ制以降4602勝)
通算敗戦 3795敗(2リーグ制以降3385敗)
通算引分 288引き分け(2リーグ制以降260引き分け)
通算勝率 .587(日本プロ野球記録・2リーグ制以降.576)
最小ゲーム差 0.0ゲーム(1974年、1986年)
最大ゲーム差 27.0ゲーム(1975年)
最長試合時間 5時間42分(2004年8月20日対広島東洋カープ)
最短試合時間 1時間14分(1951年3月31日対大阪タイガース)





asahi.com 高校野球マスター 上級 合格

asahi.com 高校野球マスター 上級 合格

早稲田実業VS駒大苫小牧の激闘から1年。
夏の高校野球選手権大会中に企画されたネット検定。
以降、毎年続くのかと期待していたが、1回限りのようだね。
高校野球はベースボールマガジン社の書籍で大量に知識があったので、
検定自体は楽勝だった。
点数だけでなく、解答時間で順位が決められた。
確か、1位を取ったような気がした。
また、開催して欲しいものだね。

最近の決勝戦

73 2001 4月4日 常総学院(茨城)7 - 6仙台育英(宮城)21世紀枠導入
74 2002 4月5日 報徳学園(兵庫)8 - 2鳴門工(徳島)優勝投手は大谷智久
75 2003 4月3日 広陵(広島)15 - 3横浜(神奈川)明治神宮枠&希望枠導入
優勝投手は西村健太朗、
準優勝投手は成瀬善久・涌井秀章
76 2004 4月4日 済美(愛媛)6 - 5愛工大名電(愛知)決勝、史上初のナイターゲーム、優勝投手は福井優也、準優勝投手は丸山貴史
77 2005 4月4日 愛工大名電(愛知)9 - 2神村学園(鹿児島)準優勝投手は野上亮磨
78 2006 4月4日 横浜(神奈川)21 - 0清峰(長崎)決勝戦における最多得点記録
79 2007 4月3日常葉菊川(静岡)6 - 5大垣日大(岐阜・希望枠)優勝投手は田中健二朗、戸狩聡希
80 2008 4月4日 沖縄尚学(沖縄)9 - 0聖望学園(埼玉)沖縄尚学の比嘉公也監督は71回大会優勝投手(決勝は登板なし)優勝投手は東浜巨
81 2009 4月2日 清峰(長崎)1 - 0花巻東(岩手)希望枠廃止、21世紀枠3校に、長崎県勢初優勝、公立校が14年ぶりの優勝、優勝投手は今村猛、準優勝投手は菊池雄星
82 2010 4月3日興南(沖縄)10 - 5日大三(東京)延長12回 
83 2011 4月3日 東海大相模(神奈川)6 - 1九州国際大付(福岡)東日本大震災発生により各々自粛、26年ぶりに延長戦突入試合なし、 準優勝投手は三好匠
84 2012 4月4日 大阪桐蔭(大阪)7 - 3光星学院(青森)26年ぶりに決勝戦が順延
優勝投手は藤浪晋太郎
85 2013 4月3日 浦和学院(埼玉)17 - 1済美(愛媛)21世紀枠4校、東北絆枠設定

83 2001年8月22日 日大三(西東京)5-2近江(滋賀)優勝投手は近藤一樹、
準優勝投手は竹内和也・島脇信也
84 2002年8月21日 明徳義塾(高知)7-2智弁和歌山(和歌山)ベスト8に四国4校全てが残る
85 2003年8月23日 常総学院(茨城)4-2東北(宮城)準優勝投手はダルビッシュ有
86 2004年8月22日 駒大苫小牧(南北海道)13-10済美(愛媛)甲子園、生誕80周年、 北方勢・北海道勢初優勝、決勝最多得点記録、準優勝投手は福井優也
87 2005年8月20日 駒大苫小牧(南北海道)5-3京都外大西(京都)57年ぶりの夏2連覇、優勝投手は田中将大
88 2006年8月20日、8月21日 早稲田実(西東京)1-1、4-3駒大苫小牧(南北海道)37年ぶりの決勝戦引き分け再試合(延長15回)
優勝投手は斎藤佑樹、
準優勝投手は田中将大
89 2007年8月22日 佐賀北(佐賀)5-4広陵(広島)8回裏の逆転満塁ホームラン
11年ぶりの公立校優勝、準優勝投手は野村祐輔
90 2008年8月18日 大阪桐蔭(北大阪)17-0常葉菊川(静岡)第6回以来の決勝戦大差得点
大阪桐蔭の萩原圭悟が大会15打点
準優勝投手は戸狩聡希
91 2009年8月24日 中京大中京(愛知)10-9日本文理(新潟)史上最多7回目の優勝
新潟勢初の決勝進出
9回表、4-10から1点差に迫る
優勝投手は堂林翔太
92 2010年8月21日 興南(沖縄)13-1東海大相模(神奈川)史上6校目の春夏連覇
沖縄県勢として初優勝
準優勝投手は一二三慎太
93 2011年8月20日 日大三(西東京)11-0光星学院(青森)東日本大震災の影響により決勝戦は史上初の午前9:30試合開始
94 2012年8月23日 大阪桐蔭(大阪)3-0光星学院(青森)史上7校目の春夏連覇
史上初の春夏同一カードでの決勝
決勝戦は午前10:30試合開始
優勝投手は藤浪晋太郎



合気道初段

合気道初段

高校時代3年間、合気道部でした。
初心者で入部して、5級~1級の順で昇級して行き、最後に初段を取得しました。
全日本合気道演武大会(日本武道館)にも出場しました。
級は合気会都道府県支部長名義で、段は合気会本部から道主(植芝吉祥丸先生)名義で
允可状を授与されました。

合気道(あいきどう・合氣道)は、武道家・植芝盛平が大正末期から昭和前期にかけて創始した武道。植芝盛平が日本古来の柔術・剣術など諸武術を研究し、独自の精神哲学でまとめ直した、体術を主とする総合武道である。

1. 歴史


もとは古流柔術の一つ大東流柔術の流れをくむ。伝書によれば、源義光(よしみつ)を始祖とし、甲斐(かい)(山梨県)の武田家から会津(福島県)の武田家へ伝わったもので、明治・大正のころ会津の武田惣角により継承され、昭和に入って、その高弟である植芝盛平が柳生(やぎゅう)流や起倒流柔術などの長所も加えて従来の技を統合し、合気武道として大東流から独立、1944年(昭和19)には合気道と改称した。組織としては1940年財団法人皇武会を設立、1948年に財団法人日本合気会として改組、各地に支部や大学クラブが設けられた。1955年ころから海外にも指導者が派遣され、国際合気道連盟設立(1950)とともに近年では世界各国に道場が増えている。



2. 技


徒手をたてまえとしながら、刀、槍(やり)、棒による攻撃にも備える多様性のある護身武術である。技の特色は、殺傷を目的とせず、相手の手首、腕の関節の弱点を利用し、倒す、投げる、押さえることにある。その技は多角的で非常に多い。練習法には、約束による形の反復があり、これは力の統一性を養うとともに人間的精神の高揚を求める。関節技の練習は身体の柔軟性を養い、老人や女子も無理なく続けられるので、健康法としても適している。

合気道とは

http://www.n-aikido.net/aikidotoha.htm

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%88%E6%B0%97%E9%81%93

公式HP 財団法人合気会
http://www.aikikai.or.jp/jpn/index.htm

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