書籍 国家の品格 藤原正彦 など、あなたの本当の価値を引き出すおすすめ資格一覧

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

書籍 国家の品格 藤原正彦

書籍 国家の品格 藤原正彦

 「国家の品格」は、アメリカ式の市場経済原理が席巻する日本の行く末を案じ、戦後の占領政策で品格が失墜した日本に警笛を鳴らす書です。

 著者は、人種のるつぼと言われるアメリカでは、論理の応酬だけで物事を決めるほか術がなく、アメリカ式のマネーゲームには、敗者への配慮や敬意は存在しないといいます。著者は30代のころ、アメリカの大学で教え、40代では、伝統や、誠実さや、ユーモアが重んじられるイギリスの大学で暮らすことがありました。イギリスから帰国後、著者の中で論理の地位が低下し、「情緒」や「形」というものの地位が向上します。「情緒」とは、喜怒哀楽のような感情ではなく、「懐かしさとかもののあわれといった、教育によって培われるもの」で、「形」とは、「主に、武士道精神からくる行動基準」といいます。アメリカ化が浸透した日本人は、財力にまかせた法律違反すれすれのメディア買収を、卑怯とも、下品とも思わなくなりました。進行中のグローバル化とは、世界を野卑な論理で均一化することであり、日本は「情緒」と「形」を取り戻し、グローバル化に抵抗し、世界の中で「孤高の日本」を貫かねばならないと主張します。

 現在、すべての先進国が荒廃しています。歴史的に、論理が通っていれば、いかに非道なことでも、人間はなぜかそれを受け入れてきました。ヒトラーのナチ党は、民主的な選挙で選ばれ、アメリカ国民は、アメリカの外でアメリカ兵の血は一滴も流さないと公約しておきながら第2次世界大戦に参戦したルーズベルトを支持しました。

 一方で、第1次世界大戦で、アジアで唯一の戦勝国となった日本が、大戦後にパリ講和会議で、本気で提案した「人種平等条約」は否決されます。「自由」「平等」「民主主義」をうたう近代合理精神とは、一見すると論理が通っているように見えますが、その論理が、そもそも仮説から始まっています。従って、どの論理を(どの仮説を)選ぶのかは、主に選択者の「情緒」によります。「情緒」とは、論理以前のその人の「総合力」。情緒力がないのに論理的な人は最悪で、出発点に選んだ仮説が間違っていると(例えば、未開な人間たちに変わって先祖伝来の国を統治してやることはその人たちのためにもなる、など)、その後の論理には完璧に筋が通っているだけに、どこまでも暴走します。

 また、「民主主義」「主権在民」には、「国民が成熟した判断をすることができる」という大前提があります。アメリカは、ひたすら戦争を続け、国民がひたすら戦争を許容、支持、熱望し続けています。また、司法ですら国民感情に配慮する現状では、民主主義=世論であり、世論はマスコミによってつくられるので、実質的に、マスコミが司法の上に立っています。歴史的に、ヒトラーをはじめとする独裁者や、軍国主義は、マスコミを利用して台頭しました。

 人間にとって最も重要なことの多くは論理的に説明できないといいます。論理的にいうなら、「人を殺してはいけない理由」も「人を殺していい理由(死刑制度など)」もいくつでも挙げることができます。しかし、理屈ではありません。人を殺してはならないのは、「駄目だから駄目」です。「以上、終わり」。「もっとも明らかのように見えることですら、論理には説明出来ないのです」とのこと。

 「自由」という言葉は、日本の中世では、しばしば「身勝手」の意味として使われていました。江戸時代、明治のころまでは、日本の教育水準は高く、日本にもエリートがいました。真のエリートは、文学、哲学、歴史、芸術、科学といった「何の役にも立たないような教養をたっぷりつ身につけ」、庶民とは比較にならないような圧倒的な大局観や総合判断力を持ち、いざとなれば、国家のため、国民のために喜んで命を捨てる気概と、俗世に拘泥しない精神性が求められるといいます。現在でも、イギリスやフランスは真のエリートを育てており、それらの国では、女性スキャンダルはありますが、わいろや汚職はほとんどありません。国民に奉仕する気概のある人間は国民を欺くようなことをしないからとのこと。

 日本には、情緒と形を生む条件がすべて整っています。繊細な感受性を育む豊かな自然は、「すべては変わりゆく」というドライな達観から派生し、弱者へのいたわりや、敗者への涙という無常観、さらには、抽象化された「もののあわれ」という情緒になりました。欧米にも「もののあわれ」はありますが、日本では誰でも当たり前に持っているこの情緒は、欧米では選ばれた詩人だけが持っているといいます。また、「家族愛」「郷土愛」「祖国愛」「人類愛」を生む「懐かしさ」の情緒もあります。

 もともと、鎌倉時代の戦いの掟だった「武士道」は、「武士道精神」として浸透し、儒教的な家族の絆とともに、培われました。「卑怯を憎む心」や、「親を泣かせる」「先祖の顔に泥を塗る」という考えを生みます。誰も見ていなければ万引きをする(=法律で罰せられないから万引きをする)ような人間はいませんでした。万引きは法律違反だからいけないのではなく、「お天道様が見ている」からしてはならないのです。

 美的感受性や、武士道精神に培われた弱者への「惻隠の情」などを身に付ければ、人間の器が多くなります。外国語を学ぶよりもまず、読書で日本の文学に触れ、日本人が「情緒」と「形」を取り戻すことが、世界平和にもつながります。


このエントリーにお寄せ頂いたコメント

URL:
コメント:
 

このエントリーにお寄せ頂いたトラックバック

このエントリーへのトラックバックURL
http://nori0289750.blog.fc2.com/tb.php/232-b57038b7
このエントリーにトラックバックする(FC2ブログユーザー)

スポンサードリンク

Copyright © ミリオネアインテリジェンス!!!!! 資格編 All Rights Reserved.
ほったらかしでも稼げるFC2ブログテンプレート [PR]
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。